終焉の画家と呼ばれた男



あなたは好き画家はいますか?

ゴッホ、ピカソ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなど、偉大な画家はたくさんいますね!

 

その中でもあまり知られていませんが、

僕の大好きな画家を今日はご紹介したいと思います!

 

 

その名は、ズジスワフ・ベクシンスキー。

終焉の画家、と呼ばれた男です。

Wikipedia

ベクシンスキーの来歴

 

ズジスワフ・ベクシンスキーが終焉の画家と呼ばれるまでの年表を見ていきましょう。

 

・1929年2月24日ポーランド南東部のサクノで産まれます。

 

・祖父や父が建築関係者だったので、クラクフ工業大学に入学し、卒業後は建築関係の職に就き、現場監督を務めましたが、不満を抱き、退職して芸術の道を歩み始めます。

 

・1964年に初の個展を開きます。その個展で、全ての作品に買い手がつき、すぐにポーランドを代表する近代芸術家として認知されました。

 

・1960年ごろ、それまでの抽象的な絵から独自のゴシック的かつ幻想的な表現を身につけ、現在の終焉の画家と呼ばれるようになった画法を披露しました。

 

・1998年、妻が亡くなり、また1999年のクリスマスイブに息子で当時ポーランドで人気ラジオパーソナリティーだったトマシュ・ベクシンスキーが薬物の過剰摂取により自殺してしまいます。

ズジスワフは息子トマシュの死との折り合いを付けられず、「もし私が死んだときに備えて、Tomek(息子の愛称)へ」と綴った手紙を壁にピンに留めて気持ちの整理に努めました

 

・2005年2月22日、ズジスワフが自宅で頭部と胸部を何度も刺されて殺害されている姿で見つかります。死亡時75歳でした。主犯はズジスワフの長年の友であり、生活の世話もしていた人物の息子(19歳)で、その従兄弟である16歳の少年が共犯者として逮捕されました。動機は、借金の返済を断られたからとみられています。主犯の男には懲役25年が言い渡され、2007年に刑が確定しました。

 

終焉の画家と呼ばれた所以

 

さて、来歴を見た後にはなぜズジスワフ・ベクシンスキーが「終焉の画家」と呼ばれたかその理由を見ていきましょう。

 

White BG

 

まず、彼のイラストのモチーフは「死、絶望、破壊、退廃、廃墟」などです。

不気味さや残酷さの中に荘厳な美しさを感じさせる画風が特徴です。

イラストを描く際には、常に大音量でクラシック音楽をかけていて、

どこに行くときもクラシック音楽を共にしていたほどにクラシック愛好家でした。

 

digmo

 

この独特な不気味さの中に一種独特な美しさが混ざるスタイルこそが「終焉の画家」と呼ばれる所以です。

実際にイラストを見てみましょう。

 

 

アクリルラボ

 

どうでしょう?

とても独特なイラストですが、どこか美しい感じがしませんか?

 

ただ怖い、ただ美しい、というだけでなく、怖い中になんとも言ええない美しさ、

荘厳さがあることで人気を博したのだと思います。

 

まとめ

 

いかがでしたか?

世にあまり知られていない作家、ズジスワフ・ベクシンスキー。

 

 

作品を見たことのない方には、かなり衝撃的な絵だったと思います。

 

 

僕も最初見たときは驚きました。

今まで見たことのない雰囲気、タッチ、発想、そのすべてに惹かれました。

 

 

残念ながら亡くなってしまって、絵の個展などは開かれておりませんが、もしなにかズジスワフ・ベクシンスキーに

関連するイベントが開催されるのであれば、休みを返上してでも行きたいです。

東洋経済オンライン

 

ここまで読んでくださった方の中にも、もしズジスワフ・ベクシンスキーのことが気になった、興味を持ったという方は、

画集も発売されていますのでぜひとも買ってみてズジスワフ・ベクシンスキーの世界観を堪能してみてください。

 

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です